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八千代市の歴史散策

2014-06-19

八千代市の歴史下地
意外と知らない身近な地域の歴史にふれてみましょう。
八千代周辺は旧石器時代、縄文時代から人が住んでいた場所があり、その頃の土器、石器が多数発掘されています。
まちなかを歩いていて、ふと目にする石碑や石塔、古色豊かな神社、寺院など建造物の雰囲気がそれぞれに歴史を感じさせます。
昭和29年に大和田町、睦村、阿蘇村が合併し、一般公募により名称が八千代町となりました。
その後京成線が開通して、昭和30年頃から団地が造られ町の発展が進み、昭和42年1月1日に八千代市が誕生しました。

神社・寺院
正覺院1
 市内には神社庁に登録されている神社が約37あります。神社は地域に住む人たちの暮らしと深く関わり敬われてきました。
 八千代市立郷土博物館近くに位置する正覚院は、おしどり寺と親しまれています。
ご本尊は京都嵯峨の清凉寺の像をモデルとした清凉寺式釈迦如来立像といいます。お寺を訪ねておしどり伝説をひも解いてみませんか。

石塔(せきとう)・庚申塔(こうしんとう)
長福寺(庚申塔)
 現在の成田街道(国道296号)は佐倉道と呼ばれ、成田詣に通る道として宿場のあった大和田から佐倉を通り成田への交通として賑わっていました。街道には道しるべとなる石塔がおかれ、古くから旅人たちの道行きを助けてきました。
 また庚申塔と呼ばれる民間信仰があったことを残す石塔も多く見られます。庚申塔には人々が災いから逃れ長生きを望む願いを込めて祈りが捧げられました。
 散歩やドライブの途中で見つけることがあるかもしれません。ちょっとした発見にはいつも心が踊ります。

貝塚
八千代市の歴史下地
 昔、印旛沼は海だったことが、沼に面した神野や佐山で見つかった貝塚からわかっています。
 貝塚からは貝殻だけでなくそこで暮らした人が使った土器なども見つかり、貴重な資料として八千代市立郷土博物館に保存されています。
 貝塚のあったあたりを散策すると、そんな遺物が見つかるかもしれませんね。

萱田遺跡群
 現在のゆりのき台周辺に広がる遺跡です。権現後遺跡・ヲサル山遺跡・北海道遺跡・坊山遺跡・井戸向遺跡・白旗前遺跡の6つが発見され、萱田遺跡群と呼ばれています。遺跡からは旧石器時代、縄文時代頃のものから近世の貴重な遺物が発見されています。

米本城址
長福寺2
 戦国武将・村上綱清という武将がいたと伝えられており、長福寺近くに城を構えていました。この辺りには城の守りとして築かれた土塁や空堀がみられます。
 また城址の中ほどにある祠には、康永3年と年号が彫られた板碑があります。「しろぬし様」と親しまれている祠は、お茶を竹筒にいれてお供えをすると咳が直ると伝えられています。風邪の季節が来る前にお参りするといいかもしれませんね。

根上神社古墳
根上神社古墳1
 村上団地近くには、全長50m、後円部径35m、高さ3.5mの前方後円墳の根上神社古墳があるのをご存知ですか?
 古墳はその地の豪族の墓である可能性があり、その周辺に集落が作られ住環境が作られてきました。昔からまほろば(住みやすい場所)として人々が住み続けてきた場所だったのですね。

近代
団地発祥の地
 八千代は日本の住宅団地発祥の地として八千代台駅前にはそのことを記した石碑があります。
 八千代台、八千代台西、八千代台東、勝田台、米本、高津、村上、ゆりのき台などに団地が造られることにより人が集まり発展を続けています。欧米のモダンな造りを手本にして建てられたテラスハウスは、当時の最新設備を備えた内装に加えて、洒落た外観もあり人気でした。(O)

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